東京地方裁判所 昭和30年(ワ)1867号 判決 1960年2月29日
原告 佐藤健造
被告 東京都渋谷区
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一 当事者の申立
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、五〇〇万円およびこれに対する昭和三〇年三月一日以降完済に至るまで日歩二銭六厘の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。
二 原告の主張
原告訴訟代理人は請求の原因ならびに抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。
1、原告は昭和二六年四月二四日以降昭和二八年四月三〇日まで被告区長の職にあつたが、その在職中の昭和二六年七月三日被告区長として訴外株式会社三菱銀行(旧称千代田銀行)より五〇〇万円を利息日歩二銭五厘期限後損害金日歩五銭の約定で借り受け、かつ右銀行あてに額面五〇〇万円、満期昭和二六年一〇月一日、支払地振出地東京都渋谷区、支払場所株式会社千代田銀行渋谷支店なる約束手形一通を振り出した(以下本件借入という)。その際原告は被告の委託を受け、個人としてその保証人となり右約束手形に連帯保証人として連署した。ところが被告は右借入金を弁済せず、原告の退任後本件借入を否認した。
そのため原告は訴外三菱銀行より支払を請求され利息損害金の免除を受けて昭和三〇年二月二八日五〇〇万円を弁済した。原告は右弁済のために第三者より日歩二銭六厘の約定で五〇〇万円を借入れる外なく、これに相当する損害を蒙つた。
よつて原告は被告に対し被告のため保証人として弁済した五〇〇万円とこれに対する昭和三〇年三月一日以降日歩二銭六厘の割合による金員を求償する。
2、被告は本件借入ならびに手形振出が原告の正当な職務権限の行使でない旨主張するが、本件借入は被告区長としての正当な権限の行使である。
(1) 被告区の訴外福岡建設株式会社に対する昭和二六年六月三〇日付五〇〇万円の支出がなければ、本件借入の必要がなかつたことは争わない。
(2) 右五〇〇万円の支出は区主脳部が、区立松濤中学校舎完成のため必要と認め、被告区が訴外福岡建設株式会社に請負わせた同中学校舎建築第二期工事請負金の前払としてなしたもので、融資ではない。同校舎建築工事は朝鮮事変による資材値上りのため予算内の工事は不可能であつたが、区は右訴外会社の請負つた第一期工事の赤字を増額措置不能で救済できず、第二期工事は増額措置の含みで引受けさせたもので、そのため工事続行も困難となつていた。区議会は、区長に対し工事資金の円滑な運用により工事進捗を図るよう善処を求め、また昭和二六年二月二八日「渋谷区の会計に関する件第四項」の一部改正により、区長に必要と認めるとき工事契約金の範囲で前払を認める議決をなしていた。そこで原告は、増額措置のないまゝ工事を放棄ないし中止するより、前払する方が区の損害も少なく、工事の進捗を図るのが区長の責任であると考えて、後に予算措置をすることゝして前払をしたもので違法な支出ではない。
(3) 被告区長は区議会より年度内三、〇〇〇万円を最高限度としてその都度区議会の議決を経ることなく市中銀行から一時借入をする権限を与えられており、本件借入はその範囲内であつた。
(4) 右前払金は昭和二六年六月三〇日一般歳計金教育費から訴外堀内学宛に支出され、前払金支払の手続が完備していないこと、また本件借入金は区の出納簿では訴外堀内学よりの戻入金として記帳されており、一時借入金の手続がなされていないことは事実であるが、いずれも公金として扱われているのであるから、会計規則に則つた処理がなかつたとしても前払および一時借入の性格に影響はない。
会計規則は訓示規定にすぎず臨機の処理を命じうるものであり、また区の出納業務は、区長とは独立して権限を有する区収入役が管掌し出納記帳整理が行われるもので、原告の関知しないところである。
3、被告の相殺の抗弁事実は否認する。原告には不法行為もなく、被告に損害を与えてもいない。
三 被告の主張
被告訴訟代理人は答弁ならびに抗弁として次のとおり述べた。
1、原告が昭和二六年四月二四日以降昭和二八年四月三〇日まで被告区長の職にあつた事実は認める。被告が昭和二六年七月三日訴外三菱銀行より五〇〇万円を借り受けて原告主張の約束手形を振り出し、原告に保証を委託した事実は否認する。原告が被告名義をもつて借入、手形振出ならびに保証委託をなしたとしても、これは原告の正当な職務権限の行使でなく区長名義の冒用である。
被告が訴外三菱銀行に弁済せず、本件借入を否認する旨回答した事実は認める。原告の訴外三菱銀行に対する支払および支払のため第三者より借入した事実は知らない。
2、原告主張の本件借入ならびに手形振出は被告区長としての正当な職務権限の行使でなく、区長名義の冒用である。
(1) 被告より区立松濤中学校舎建築工事を請負つた訴外福岡建設株式会社は、朝鮮事変による物価の騰貴により資金難に陥り、請負工事の進行も危ぶまれる状態となつたゝめ、原告にその救済を訴え、原告は被告区にはこれに対し、支払の義務もなく支払の正当な権限もないことを知りながら工事前払金と称して区の公金より五〇〇万円を不法に支出融資し、その補填のため本件借入をしたものである。右支出がなければ区財政上借入の必要はなかつた。
(2) 当時訴外福岡建設株式会社に対する工事代金は過払の状況にあり、また前払は渋谷区会計に関する件第四項第四号により請負人の材料購入に要する経費に当てられる場合でなければなしえない旨定められていたのに、原告は右条件に反して区長の権限を冒用し、区の歳出金から不当に支出した。正当な前払であれば、被告区会計事務規則に従い、請求書領収書その他の書類を備え、訴外福岡建設株式会社に直接支払われるはずであるのに、右手続はなされず、右各種証明書類を備えずに、収入役支払通知書によつて当時収入役であつた訴外堀内学個人に宛てゝ区の歳出金五〇〇万円が支出された上、同訴外人個人から右訴外会社に同金額の資金が支払われている。
(3) 本件借入に当り訴外三菱銀行に対しては教職員の夏季手当に充てるものと虚偽の事実を告げており、また渋谷区会計規則による一時借入金の処理がなされていない。
(4) 昭和二六年六月三〇日支出された前記五〇〇万円に対しては昭和二六年七月三日訴外堀内学個人から五〇〇万円が戻入されており、右が事実上本件借入の金員であるとしても、関係者の手を経てその性格は変り借入金としての入金でなく、訴外堀内個人による前記支出金の補填である。
3、仮りに原告が被告に対し、求償権を有するとしても、被告は原告の前記訴外会社に対する不法な区公金支出による同額の損害を蒙つているのでこれと対等額において相殺する。
四 証拠関係
1、原告訴訟代理人は証拠として甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三ないし第五号証、同第六号証の一、二、同第七号証、同第八号証の一、二、同第九号証の一ないし一五、同第一〇号証、同一一号証の一ないし三を提出し、証人堀内学、同石下光久、同栗山力、同行木勇、原告本人佐藤健造の各尋問を求め、乙号各証の成立はすべて認めると述べた。
2、被告訴訟代理人は証拠として乙第一ないし第三号証、同第四号証の一、二、同第五号証、同第六号証の一ないし一九、(第六号証の五はイ、ロ)同第七ないし第九号証、同第一〇号証の一、二、同第一一号証の一、二、同第一二ないし第五五号証を提出し、証人堀内学、同行木勇、同福岡英一、同上原容の各尋問を求め、甲号各証に対する認否として、甲第四号証、同第五号証、同第七号証、同第八号証の二、同第九号証の一ないし四、六ないし一〇(原本の存在とも)、一二ないし一五、同第一〇号証、同第一一号証の一ないし三の各成立を認め、同第一号証のうち被告作成部分の成立は否認し、原告作成部分の成立は知らない。同第六号証の一、二、同第八号証の一は郵便官署作成部分の成立を認めその余の部分の成立は知らない、同第二号証の一、二、同第三号証、同第九号証の五、一一(原本の存在は認める)の各成立は知らないと述べた。
理由
一、原告が昭和二六年四月二四日以降昭和二八年四月三〇日まで被告区長の職にあつたことは当事者間に争がない。原告本人佐藤健造供述、同供述により同人が関与して作成されたものと認められる甲第一号証、堀内学証言によれば、昭和二六年七月三日原告は被告区長として被告名義で、訴外三菱銀行より五〇〇万円を借り入れ、かつ同銀行あてに額面五〇〇万円、満期昭和二六年一〇月一日、支払地振出地東京都渋谷区、支払場所株式会社千代田銀行渋谷支店なる約束手形一通を振り出したこと、原告が個人として、右借入について保証人となり、右手形に連帯保証人として署名していることが認められる。原告は被告区長であつたので、その個人としての保証は、被告区長としての委託によるものと認めるのが相当である。被告が、訴外三菱銀行より右借入金の返済を求められて、その債務を否認する旨の回答をなし、これを支払わなかつたことは当事者間に争がない。原告本人佐藤健造供述により成立の認められる甲第三号証、郵便官署作成部分について成立に争がなく、これによりその余の部分の成立の推認される甲第六号証によれば、原告は、訴外三菱銀行より右保証債務の支払を要求され、昭和三〇年二月二八日に右訴外銀行に五〇〇万円を支払い、利息ならびに遅延損害金の支払を免除されたことが認められる。以上の認定事実に反する証拠は存在せず、また弁論の全趣旨より被告も以上の範囲においては実質上争わないことがうかゞわれる。
以上の事実からすれば、原告の本件借入行為が、被告区長としての正当な権限の行使である限り、原告は被告に対し保証人として支払つた五〇〇万円およびこれに対する支払後の法定利息ならびに避くことを得ざりし損害に対する求償権を有するものと言わなければならない。
二、よつて原告が被告区長として本件借入をなす正当な権限を有していたか否かについて検討する。
(一) 原告が昭和二六年六月三〇日被告区長として訴外福岡建設株式会社に対して五〇〇万円を区歳出金より支出し(この支出を以下本件支出という)なかつたならば本件借入の必要が生じなかつたことは原告の認めるところである。そこでまず本件支出が被告区の右訴外会社に対する支出として認められるか否かを検討する。
原告は本件支出は被告区の右訴外会社に対するその請負の区立松濤中学校舎建築第二期工事前払金であると主張している。ところで地方公共団体の前払金については、地方自治法施行令第一五三条に「前三条(前払に関しては同法第一五二条に制限列挙されている)に掲げるものを除く外、必要があるときは普通地方公共団体の長は議会の議決を経て資金前渡、概算払又は前金払をすることができる。」と規定され、被告区の場合は、右規定にもとずいて、その会計事務規則(成立に争がない乙第五号証)第三一条において「工事の請負契約締結後、資材の入手難及び価格の暴騰が予想せられ、前金払をしなければ工事の施行が特に困難であると認められる場合、請負人の材料購入に要する経費」について前金払をすることができると定められかつ、区が歳出金を支出するには同規則第二二条によつて、直接債主を受取人として領収書を徴して収入役から金庫に対して支払通知書を発行する方法をとるべきことが定められている。(なお後出仮払金の支出要件及び手続については同規則に何らの定も見出されない。)右規定は地方自治法第二条第一四項「地方公共団体は法令に違反してその事務を処理してはならない。」同第一五項「前項の規定に違反して行つた地方公共団体の行為はこれを無効とする。」に照らし、手続上の訓示規定と解すべきでなく、区長の権限の制限と解すべきことは明らかであるから、本件支出が前記区会計事務規則の要件を充していない場合は、被告区からの支出であるとはいえないことになる。しかし本件支出が右前金払の要件をもまた訴外会社に対する支出方法の要件をも充していたものと認めるべき証拠はなく(価格の暴騰により右訴外会社の請負工事続行が困難となつていたことのみは後記のとおり認められる。)かえつて成立に争のない乙第七ないし第一四号証(枝番とも)、第三一号証、第三三号証、第四三号証ないし第四八号証、第五一号証、証人上原容証言、福岡英一証言、堀内学証言を綜合すれば、訴外福岡建設株式会社は昭和二六年六月中、朝鮮事変の影響による工事費の暴騰等により資金難におち入り、すでに二回に亘り正当手続によらずに被告区の出納係員及び収入役から公金合計一六〇万円を借り受けていたが、さらに同月中、至急融資を得られなければ不渡手形を出すほかなく、それでは工事続行も不能となる旨述べて原告及び当時の収入役訴外堀内学に資金上の救済を要請したので、原告はこれに応じて後に右請負金額の増額措置を区の正当手続を経て講ずる見込の下にこれに応ずることに決意し、右訴外会社に五〇〇万円の支出をしようと、その支出関係書類の手続を関係吏員に命じたところ、被告区総務課長訴外上原よりこれを拒絶され、そのため前金払及び訴外会社に対する支出方法の正規の手続なしに、同年六月三〇日区歳出金からの支出通知書を収入役名を以つて被告区金庫宛に発し、これによつて訴外堀内学個人が同日五〇〇万円の仮払を得、これを同日以降数回に分けて右訴外会社に交付し、そのうちから前記公金からの貸金一六〇万円の返済を受けたことが認められる。このような区歳出金の支出は原告の被告区長としての正当な権限を越えた違法な支出であり右収入役の権限としても違法なものであつて、被告区の支出としては認め得られないものといわねばならず、以上認定の事実から原告も前記訴外会社に対する本件支出が被告区としては違法なものであつたことを認識していたものと推認される。
(二) つぎに更に本件借入につき原告が正当な権限を有していたか否かを検討する。地方自治法第二八三条により準用される同法第二二七条に「普通地方公共団体の長は予算内の支出をするため議会の議決を経て一時の借入をすることができる」と規定されており、成立に争ない甲第九号証の八によれば、右規定に基いて、被告区議会において、昭和二六年度中歳入歳出現金の都合により最高限度を三千万円、利率を区長の認めるところによる一時借入をなすことを承認する議決がなされていたことが認められ、成立に争がない乙第八号証によれば、本件借入当時の一時借入金額は、本件借入額を加えても、右の最高限度に達しないことが認められるので、この点では原告は本件借入をなす一般権限を有していたことは認められる。
しかし、本件借入が、本件支出と密接な関係を有し、本件支出がなければ本件借入の必要がなかつたことは原告も認めるところであるのみならず、成立に争のない乙第六号証の一ないし一九、および前出各証拠によれば原告および区収入役は、当初全く区歳出金からの支出をしないで、訴外三菱銀行から区名義で所要の融資を受けこれを以つて訴外会社への資金救済の目的を果す予定でいたところ、昭和二六年六月三〇日が土曜日で借入が困難であり、しかも前記訴外会社はその振り出しの約束手形等の決済日時の関係から資金の入手を急いでいたため、とりあえず被告区歳出金から前記のとおり訴外堀内学個人で仮払を受け、これを訴外会社に交付してその後本件借入をしてその借入金で区歳出金に訴外堀内学個人から戻入をすることで事実上、当初の右予定の措置を果すことに方針をかえ、前認定のとおりの方法で五〇〇万円の区歳出金の仮払をなしてこれを訴外会社に交付し、その後に本件借入をなし、区の会計手続上これを借入金収入とせずに、前記堀内学個人あて仮払金の戻入として扱い、借入先の訴外三菱銀行に対しても借入目的を偽り、借入金の利息は実質上の借主である訴外会社から支出させて支払つていることが認められ、かゝる異例の措置からみれば、本件支出と本件借入とは不可分の関係にあり、かゝる借入は違法な支出を目的とする借入であり、前記地方自治法第二二七条にいう「予算内の支出のためめ」とも、前記区議会の議決にいう「歳入歳出現金の都合による」ともいえないもので、原告の被告区長としての正当な権限外の行為といわねばならず、収入役の権限をも超えるものであつて、原告も以上の事実からその違法なことを認識していたことが推認される。
なお原告は本件支出および本件借入は、区政の必要上区の損害を減らすため已むを得ない政治措置である旨主張し、成立に争ない甲第九号証の一二、一四、甲第一〇号証、前出乙第五一号証、福岡英一、栗山力の各証言、原告本人供述によれば、原告は当時区立松濤中学校舎建築工事に腐心し、その完成のためには請負人の窮状を救済するのが最上策と信じ、後に工事予算の増額等の手段を講じて打開をはかる方針を樹てたところ、種々の状況から成功せず、結局訴外福岡建設株式会社は工事請負を解除され、本件支出金の返済もなし得ずに終り、これを引継いだ請負人は予算の大巾な増額により前記工事を完成したもので、原告の主張するように、原告の措置が政治措置として必ずしも不当であつたとはいえない当時の状況が認め得られないではないが、そのような政治措置は所期の成果をあげたときは政治的功績となるに止まり、正常な機関によつて正常なものとして承認されないかぎり、たとえ目的が正当であつたとしても違法な手段が合法化され得ないことはとくに公共団体の行政において明である。また原告は本件支出および借入は全く区の行政上の必要上なされたものであるからその手続がたまたま所定の方法によつてなされなくとも被告区の行為であることに変りがないと主張するが、形式上の手続からして本件支出及び借入を被告区のものとなし得ないことは以上のとおりであるのみならず、これを実質的にみても本件支出および借入は被告区の訴外会社に対する請負代金の支払または前払金とみえず、むしろ貸付金の支出及びそのための借入とみるの外はないことは前認定の諸事実から容易に推論されるところであるから、被告区にはそのような義務も権能もないこと、これまた前記説明によつて明であり、その動機、目的のいかんにかゝわらず、本件支出および借入を区の行政上の行為外のものとする外はない。
三、以上のとおり、原告は被告区長として本件借入をなす正当な権限を有していなかつたのであるから、被告区と訴外三菱銀行との間には有効な消費貸借契約は成立せず、したがつてまた原告は被告の保証人として訴外三菱銀行に支払つたことに基いて被告区に対する求償権を取得することもない。原告は本件支出及び借入の具体的出納処理はすべて区会計の出納について独立の権限を有する収入役によつて管掌されたものであるから、原告の関知するところでなく、原告は別に保証人としての権利義務を有するとの趣旨の主張をするが、右借入行為が収入役としての権限外のものであることは前記判断のとおりであるのみならず、原告自身その違法性を認識していたことも前記のとおり推認されるので、原告が保証人として求償権を有しないことに変りがない。
また訴外三菱銀行が被告区に対し仮にいわゆる表見代理の法理の類推適用により消費貸借契約の効果を主張して支払を求め得られるものとし、原告がその区の債務を弁済したものとしても原告は被告区長として右借入について権限がないことを知つていたのであるから、被告区と原告との関係で右消費貸借契約が有効なものであることを前提とした法律関係が成立するものとはいえないから、これまた原告の保証人としての求償権を容認し得る根拠とはならない。さらに原告の訴外三菱銀行に対する支払により、被告が事実上入金した金員の返済を免れ不当に利得するところがあれば、原告がその返還を求めうることは勿論であるが、これは本件請求とは別個の問題であるのみならず、特別の事情がない限り被告区は、原告の前記違法な支出により負うべかりし損害を、原告の本件借入およびその訴外銀行への支払の結果、負わずに済んだに止まり、不当な利得というべきものは認めがたく、特別な事情としては訴外会社が前記事実上の支出を受けたことにより、前記工事の遂行上どのような利益を被告区にもたらしたかを審理する必要があるところ、本件ではそのことについて未だ審理すべき主張がなく、立証も十分でないことを付言する。
四、以上のとおり原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 畔上英治 三渕嘉子 花田政道)